■峰厚介クインテット〜メンバーとプロフィール■
     峰 厚介(ts) 大口 純一郎(p) 秋山 一将(g) 岡田 勉(b) 古沢良治郎(ds)





1992年ライブ・セッションをきっかけにして、峰をリーダーとしてこのクイン

テットが誕生。1993年には同クインテットの初のライブ・アルバム『MAJOR

 TO MINOR』を発表し、同年のジャズ・ディスク大賞、日本ジャズ賞を受賞

。ヨーロッパ7ヶ国で発売された。1995年、2作目のアルバム

『IN A MA ZE』をリリース。  

 スイングジャーナル誌ポールウイナーのサックス部門では、’91年より5年連続

(通算7回)のウイナーになっている。

 峰厚介クインテットは現在、レギュラー・バンドとして都内のライブハウスを始め

、国内各地でライブツアーを展開し、ユニークで硬派なジャズ・

グループとして活動している。

 1996年にはニューヨークのジャズ・クラブ「バードランド」でライブを行い、

好評を博したばかり。この10月には待望のサード・アルバム『バランセ』を発表した。







最近、「松本英彦さんに似てきた」って言われマス。


・・・峰さん、こんにちわ! 実は昨日(8月7日)、青森県の野辺地町でジャズの  

ライブがありましてドラムの村上寛さんと朝まで呑んでたんですが、今日「岩木山ジ  

ャズ・フェスティバルで峰さんに会うんですよ」って言ったら、村上さんから峰さん  

に伝言頼まれました。村上さん曰く、「人間のままで東京に帰れる自分にしなさい」  

ですって・・・。(笑)



 ハハ・・・。(困惑しつつ)



・・・何でも現在の日本のジャズ・グループの中で峰さんのグループと、渋やんのオ  

ーケストラが”二大酒豪バンド”だと・・・。



 ヒロシちゃんだって凄い酒豪なのに・・・ねっ。 ま、確かに酒が好きな人はこ  

のグループには多いですけど。(笑) 



・・・音楽の話とはちょっと離れますが、今日峰さんに初めて会って私、「風貌が仙  

人のようだ」って思ったんですよ。 あの〜、ソニー・ロリンズにしても松本英彦さ  

んにしてもテナー・サックスやっている人はみんな仙人のような”枯れたお顔”にな  

りますよね。(笑)



 うん、最近ね、白髪の生え方とか前から言われたことはあったけど、「松本さん  

に似てきた」って言われます。僕、髭が短いけど、もっと伸ばしたらさらに似るんじ  

ゃないですか。



・・・さて、今回は”峰厚介クインテット”での出演となるのですが、このグループ  

の結成のいきさつというのは?



 うん、このメンバーはいつもライブハウスなんかで一緒になる機会が多くて気心  

も知れているしウマも合うんで、いつもみんなのスケジュールが合うようにしてはい  

たんですけど、「どうせだったらレギュラーのバンドにしようじゃないか」っていう  

ことでこういう具合に落ち着いたーっていう感じですね。 



・・・峰厚介クインテットは言うまでもなく、アコースティックなジャズを聴かせて  

くれるバンドですが全体的にかなりダークなサウンドというか、とても重くて深い音  

楽性を感じるんです。こういう志向は、やはり今の峰さんの目指しているものにマッ  

チしているんでしょうか?



 まあ、そうも言えるし・・・。でも「こういう音を出そう」とかっていうことも  

なく、誰のオリジナルをやってもみんなそれぞれが”大事にしている音楽”をしてい  

るうちに、こういうサウンドになったという・・・。もちろん僕はダークな音も好き  

ですけど。でも別に「こういう風にしよう」とかっていうのは意識してないんですけ  

どね。



・・・なるほど。私が峰さんを聴き始めた70年代半ば、もう峰さんは”日本のジャ  

ズ・テナーの第一人者”という感じだったんですが、今でもジャズの最前線で活躍さ  

れてますよね。その衰えぬ演奏意欲には、ただただ驚くばかりです。でも、そもそも  

峰さんが一番最初にジャズを演奏されたきっかけーというのは、どんなものだったん  

でしょう? 



 昔の話になるけど僕が高校2年生の時に同級生でクラリネットをしているヤツが  

いまして、僕も最初はクラリネットやってたんだけど、彼がジャズを聴いてて僕もジ  

ャズ喫茶、有楽町の『ママ』っていう所に入り浸ったりして、何だかんだと・・・ま  

あ何だかんだっていうとおかしいけど、そうやってジャズをやり始めたんです。



・・・やはり最初はコルトレーンから聴き始めたとか?



 いや、その頃はファンキー・ブームの頃だったからアート・ブレーキーとかホレ  

ス・シルバーとかドナルド・バードとか、そういうのを聴いていることの方が多かっ  

たですね。





あの頃はみんながコルトレーンだった。



・・・これは先日、青森市の某ジャズ喫茶のマスターから聞いた話なんですが、70  

年代の初め頃、峰さんがジョニー・ハートマン(名盤『コルトレーンとJ・ハートマ  

ン』で有名なボーカリスト)のバック・バンドで青森にいらしたことがあって、この  

頃峰さんは四六時中ヘッドホーンをかけてコルトレーンを聴いていたーということで  

す。もちろん私はコルトレーンの事は年代的に、リアル・タイムでは知りませんが。  



・・・うん、あの頃はみんながコルトレーンだったね。その頃は僕が日野皓正さんの  

バンドにいた時だったから、日野さんのバンドでジョニー・ハートマンと一緒にやる  

ことになってツアーやったんだよね。



・・・あの、今では知る人ぞ知る話ですが30年位前、峰さんが武者修行というか突  

然、渡米されて2年くらいまったく日本のジャズ界と音信が途絶えていたことがあり  

ましたよね。あれはやはり当時、何か心境の変化とかあったのですか?



 うん、僕が菊地さん(プーさん)のバンドにいた頃なんですけど、その菊地さん  

が一ヶ月位エルビン・ジョーンズと一緒にツアーに行ってしまったんです。その時に  

僕も「アメリカに行ってみたいな」と思って、実際アメリカに一ヶ月位行ったんです  

よ、ニューヨークに。初めてのアメリカでした。その時「今度アメリカに来る機会が  

あったらもっと長く居よう」と考えまして、その後菊地さんのバンドが解散するって  

いうことがあって、あちらに2、3年ですか・・・行っちゃったんですね。



・・・ニューヨークではどんな生活だったのですか? 橋の下でソニー・ロリンズの  

ように毎日練習してたとか。(笑)



 いやあ・・・。(苦笑しつつ) 毎日、そんな所ではやってませんでしたけどサ  

ックスの練習はしてました。でも、あちらでは音楽ではメシが食えなかったから弁当  

屋のバイトとかしたりしてましたね。



・・・峰さんがそんな事を!!



 そんな事っていうか、それが結構楽しくて、あちらではそれが生活の糧でしたね  

。まあ、その頃は楽しい思い出もあり、辛い想い出もあり・・・ってことでしょうか  








”ネイティブ・サン”は本田君のグループに僕が

         加わったーという感じのバンドだったね。



・・・そうですか。そういう渡米生活を送られて日本に帰国、70年代後半にあの伝  

説のフュージョン・グループ ”ネイティブ・サン”を結成されるわけですが・・。



 あの”ネイティブ・サン”は本田君(本田竹廣)のグループに僕が加わったーと  

いう感じでね。結成されたいきさつっていうのは、さっきの話で出た村上寛がたまた  

ま同じ時期に僕のバンドと本田君のバンドでやってて、ベースのバタ(川端民生)と  

ギターの大出も本田君のグループでやってて・・・。それでヒロシが「みんな同じ事  

考えているんだったら、どう、一緒にやっちゃえば」みたいな話になって。それで僕  

がある日、本田君の所に遊びに行って一緒にプレイしたら凄く良かったんで、それで  

決めたの。



・・・やはり村上さんが”ネイティブ・サン”の言い出しっぺですか。本人もそう仰  

ってましたが。ネイティブ・サンは商業的にも大変成功されたわけですが、当時はこ  

んなに売れると思ってましたか?



 いや、全然。(きっぱりと)



・・・でも村上さんは「これは絶対イケル!」と思ったそうですが。



 僕は全然、そんな・・・。考えてなかったです。



・・・でも、テレビのCMに出たりしてあのブームは凄かったですよね。例の駅のプ  

ラットフォームに立って演奏するコマーシャルとか。



 あ〜、そうねえ。(含み笑い)



・・・(感慨に浸りつつ) あれからもう20年近く経っちゃたんですねえ。 あの  

〜、話は変わりますが峰さんは最近ソプラノ・サックスの方は吹かれているんですか  

? ネイティブ・サンの頃はかなり吹かれてましたけど。



 最近はあんまり吹いてないですね。レコーディングでは一曲吹きましたけど。で  

もこれからは、まあ分かんないです。「包丁一本、サラシに巻いて」(口ずさみつつ  

)です・・・ハハハ。



・・・その包丁一本、峰さんのテナー・サックスについてお話くださいませ。



 僕のサックスはまあ、凄く古いよね。何か向こう(アメリカ)では貴重になって  

いるらしいけど。もう作ってないらしいんだよね。自分の好みでマウスピースはメタ  

ルばっか。



・・・何年位、使ってるんですか?



 18年位かなあ。ネイティブ・サンのレコーディングであちらに行ったとき仕入  

れたの。その頃、吹いてたヤツも大体同じような年代のものだったんで、もう一本ほ  

しくなってニューヨークで捜してね。買ったの。



・・・ネイティブ・サンのレコーディングといいますと、どのアルバムですか?



 あれはねえ、3枚目のアルバムかな。



・・・というと2枚組のライブ盤『ネイティブ・サン・ライブ・インUSA』ですね  

。



 う〜ん、そうかも知れない。





メンバー全員のオリジナリティを大切にしたいんだよね。



・・・最後に、この10月に発売されるという峰厚介クインテットのサード・アルバ  

ムについてお話下さい。



 う〜んと、これまでのアルバムとはそんなにガラッと内容的には変わってないん  

ですけど、僕のオリジナルの他にベースの岡田ちゃんが書いた曲も入ってます。え〜  

と、気心が知れてるミュージシャンばかりだからレコーディングは凄くスムーズにい  

きました。



・・・もうひとつ、突然でスイマセンが私のホームページに何かメッセージをお願い  

できますか?



 (困惑しつつ) はい。え〜と、それじゃ、いきます。「りんごとジャズは心と  

身体の栄養素になると思います。りんごはおろして食べてもおいしいし、丸かじりも  

おいしいし、ジュースもおいしいし、何より身体に良いというのが一番ではないでし  

ょうか」。



・・・いや、最高のメッセージでうれしいッス。今日はどうもありがとうございまし  

た。




●1997年8月8日〜岩木山ジャズ・フェスティバル・リハーサル会場にて

            INTERVIEW&PHOTO&構成 BY YAMAGEN
取材協力:マウント・イワキ・ジャズ・フェスティバル実行委員会

                  協力:K2ミュージック (峰 厚介事務所)

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