・・・峰さん、こんにちわ! 実は昨日(8月7日)、青森県の野辺地町でジャズの
ライブがありましてドラムの村上寛さんと朝まで呑んでたんですが、今日「岩木山ジ
ャズ・フェスティバルで峰さんに会うんですよ」って言ったら、村上さんから峰さん
に伝言頼まれました。村上さん曰く、「人間のままで東京に帰れる自分にしなさい」
ですって・・・。(笑)
峰 ハハ・・・。(困惑しつつ)
・・・何でも現在の日本のジャズ・グループの中で峰さんのグループと、渋やんのオ
ーケストラが”二大酒豪バンド”だと・・・。
峰 ヒロシちゃんだって凄い酒豪なのに・・・ねっ。 ま、確かに酒が好きな人はこ
のグループには多いですけど。(笑)
・・・音楽の話とはちょっと離れますが、今日峰さんに初めて会って私、「風貌が仙
人のようだ」って思ったんですよ。 あの〜、ソニー・ロリンズにしても松本英彦さ
んにしてもテナー・サックスやっている人はみんな仙人のような”枯れたお顔”にな
りますよね。(笑)
峰 うん、最近ね、白髪の生え方とか前から言われたことはあったけど、「松本さん
に似てきた」って言われます。僕、髭が短いけど、もっと伸ばしたらさらに似るんじ
ゃないですか。
・・・さて、今回は”峰厚介クインテット”での出演となるのですが、このグループ
の結成のいきさつというのは?
峰 うん、このメンバーはいつもライブハウスなんかで一緒になる機会が多くて気心
も知れているしウマも合うんで、いつもみんなのスケジュールが合うようにしてはい
たんですけど、「どうせだったらレギュラーのバンドにしようじゃないか」っていう
ことでこういう具合に落ち着いたーっていう感じですね。
・・・峰厚介クインテットは言うまでもなく、アコースティックなジャズを聴かせて
くれるバンドですが全体的にかなりダークなサウンドというか、とても重くて深い音
楽性を感じるんです。こういう志向は、やはり今の峰さんの目指しているものにマッ
チしているんでしょうか?
峰 まあ、そうも言えるし・・・。でも「こういう音を出そう」とかっていうことも
なく、誰のオリジナルをやってもみんなそれぞれが”大事にしている音楽”をしてい
るうちに、こういうサウンドになったという・・・。もちろん僕はダークな音も好き
ですけど。でも別に「こういう風にしよう」とかっていうのは意識してないんですけ
どね。
・・・なるほど。私が峰さんを聴き始めた70年代半ば、もう峰さんは”日本のジャ
ズ・テナーの第一人者”という感じだったんですが、今でもジャズの最前線で活躍さ
れてますよね。その衰えぬ演奏意欲には、ただただ驚くばかりです。でも、そもそも
峰さんが一番最初にジャズを演奏されたきっかけーというのは、どんなものだったん
でしょう?
峰 昔の話になるけど僕が高校2年生の時に同級生でクラリネットをしているヤツが
いまして、僕も最初はクラリネットやってたんだけど、彼がジャズを聴いてて僕もジ
ャズ喫茶、有楽町の『ママ』っていう所に入り浸ったりして、何だかんだと・・・ま
あ何だかんだっていうとおかしいけど、そうやってジャズをやり始めたんです。
・・・やはり最初はコルトレーンから聴き始めたとか?
峰 いや、その頃はファンキー・ブームの頃だったからアート・ブレーキーとかホレ
ス・シルバーとかドナルド・バードとか、そういうのを聴いていることの方が多かっ
たですね。
あの頃はみんながコルトレーンだった。
・・・これは先日、青森市の某ジャズ喫茶のマスターから聞いた話なんですが、70
年代の初め頃、峰さんがジョニー・ハートマン(名盤『コルトレーンとJ・ハートマ
ン』で有名なボーカリスト)のバック・バンドで青森にいらしたことがあって、この
頃峰さんは四六時中ヘッドホーンをかけてコルトレーンを聴いていたーということで
す。もちろん私はコルトレーンの事は年代的に、リアル・タイムでは知りませんが。
・・・うん、あの頃はみんながコルトレーンだったね。その頃は僕が日野皓正さんの
バンドにいた時だったから、日野さんのバンドでジョニー・ハートマンと一緒にやる
ことになってツアーやったんだよね。
・・・あの、今では知る人ぞ知る話ですが30年位前、峰さんが武者修行というか突
然、渡米されて2年くらいまったく日本のジャズ界と音信が途絶えていたことがあり
ましたよね。あれはやはり当時、何か心境の変化とかあったのですか?
峰 うん、僕が菊地さん(プーさん)のバンドにいた頃なんですけど、その菊地さん
が一ヶ月位エルビン・ジョーンズと一緒にツアーに行ってしまったんです。その時に
僕も「アメリカに行ってみたいな」と思って、実際アメリカに一ヶ月位行ったんです
よ、ニューヨークに。初めてのアメリカでした。その時「今度アメリカに来る機会が
あったらもっと長く居よう」と考えまして、その後菊地さんのバンドが解散するって
いうことがあって、あちらに2、3年ですか・・・行っちゃったんですね。
・・・ニューヨークではどんな生活だったのですか? 橋の下でソニー・ロリンズの
ように毎日練習してたとか。(笑)
峰 いやあ・・・。(苦笑しつつ) 毎日、そんな所ではやってませんでしたけどサ
ックスの練習はしてました。でも、あちらでは音楽ではメシが食えなかったから弁当
屋のバイトとかしたりしてましたね。
・・・峰さんがそんな事を!!
峰 そんな事っていうか、それが結構楽しくて、あちらではそれが生活の糧でしたね
。まあ、その頃は楽しい思い出もあり、辛い想い出もあり・・・ってことでしょうか
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